2020年3月31日火曜日

体罰が違法 日本の時代遅れが少しだけ解消か

2020年4月、ようやく法律が改正され「体罰が違法」になった。つまり、体罰として大人が子供を叩けばそれが虐待と捉えられる場合があるということだ。

毎日のようにビンタされて育った私にこの法律施行のニュースは「本当にいい時代になったなあ」と思う。

時代が違う、と言ってしまえばそれまでだが、昔も今も、暴力は何一つ良いことを生まない。ましてや、それを「体罰」という言い訳をすることにうんざりしていた。
そんな環境では、体罰を与えられた人間がそれを肯定する人間に育つ。

そして、暴力を肯定する人が増えてゆく。

何十年も前に大学で児童心理学のクラスを取った時、先生は「体罰はあり」派だった。しかし、顔は絶対に叩いてはいけない。なぜなら子供のプライドを傷つけるからだ、と説明していた。

その時はこの考え方がとても先進的と思えた。
それから、何十年も経った21世紀、体罰自体が違法になった。子供を「親の所有物」ではなく、「一人の人間」と考えるから。

もっとも、法律だけ作ってそれを使う大人が人間として成長しなければ意味がない。ただ、法律があることで抑制力は効く。「違法じゃあないからやってもいい」という言い訳が無くなることで、行為自体が違法であることを強調できる。

いじめも同じだ。本来、法律があろうが無かろうが、人として自分がヤラれて嫌なことは人にもしないのは、社会生活を営む上で、当然であろう。
子供だろうか、外国人だろうが、障害をもっていようがなかろうが関係ない。その人の命が脅かされる場合を除いて、暴力に有効的なことなど何もない。

この法律、学校でこそ教えるべきだろう。子供たちが今や戦う武器を持った。日和見主義の大人達は、子供がSOSを出しても手を出さない。叩く親と戦うのは自身しかいない。

だから、武器の存在とその使い方を教える必要がある。
法律は武器である。これを使うのに年齢制限はない。


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