2013年6月28日金曜日

エネルギー問題_価値観は変わるだろうか

「エネルギーは、利用する消費者が自分で作る」という基本的考え方の「自分の家」の部分を「自分のマンション」「自分の街」とか、もう少し自分の生活範囲を広げて考えてみよう。

この生活範囲で責任をもって「一つの決断」が必要になる。
小さければ小さいほど、意見の一致も早いが、利害関係が絡めばからむほど責任回避したい人が多くなるだろう。

でも、そこを乗り越えて「自分」の単位が広がってゆく先には新しい価値観がある。

他と違っていい。違ってあたりまえ。

個人宅からマンションや老人ホーム全体、もくは街全体(スマートグリッドみたいなもの)という形で捕らえることができれば「電気のサービスは日本全国住む環境によって違って当然」という考えも当たり前になるだろう。

消費者の意識変化が先か、電力会社の寡占崩壊が先かの違いはあるけれど、選択肢が出来た時、消費者には「選ぶ責任」が降りかかる。
そして、その先には、明らかに「違い」ができる。

エネルギー問題を金を払うことで「国が悪い、電力会社が悪い」と他者に責任を押し付けて完璧を求めるユーザ(消費者)でいる限り、変化は起きない。
「変わらない仕組み」はない。ただ、崩壊するだけだ。

変化しない日本において、自ら選択した人にはたいした問題ではない。
電気料がどんどん上がる時代に「自分で作る」と選択した人たちは、崩壊する仕組みにおいても「既得権」という部分は守られている。

「変わらない仕組み」を壊すことは、既得権を壊すこと。
変化恐怖症の文化では自殺行為になる。

だから、未来を選ぶのは国でもなく、一人ひとりの価値観だ。


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