2013年9月2日月曜日

人は過去は変えられないが、未来は変えられる

最近、いじめの後遺症で鬱になったり、引きこもりになったりしているという記事を見かける。

彼らは語る。
「あの時、助けて欲しかった」
「あんなことがあるから、自分も子供をいじめる。」
「あの時、いじめた人を許せない。」

そんな思いを知るたびに、ちょっと悲しくなる。
なぜなら、どんなに訴えても起こってしまった事実は変わらないのだから。

いじめた側も、いじめられた側も、起こってしまった事実は変わらない。

結果、自分への評価が低く生きていることがつらくなる。
憎しみから誰かを傷つける。

それもまた、起こってしまっているのなら、その事実も変わらない。

誰も助けてくれない。
苦しくて、声も涙も出ないほどの絶望感を感じる自分。

それを誰かのせいにしても、何も変わらない。

その事実が「ここに在る」と認めて「自分はどうするか」を考えないと先には進めない。

ただ、どんなに辛いと思っても、神様は、その人に背負えない荷物は与えない。
今、きっと辛いけど、貴方は乗り越えられる。

これもまた「事実」だ。
なぜなら、神はその体験があるから、将来、「貴方しかできなこと」があることを知っている。

そして、そういう貴方を、貴方の命を愛している。

他人が貴方に「死ね」と言ってもその言葉には意味がない。
なぜなら、その人は貴方を愛していないのだから。

神様は貴方を見ている。
イエスは傍にいる。

だから、祈ってみよう。
聖書を読んでみよう。

私たちは非力だけれど、神に必要とされて生まれてきた。
それは信じるのに値する。

なぜなら、貴方には力があるから。
神は試練を与えたかもしれないけど、それを乗り越える力も与えている。
その力を持っていることを、疑わせるのは「悪」の仕業だ。

だから、その力を使うか、使わないかは、貴方しだいだ。

未来は変えられる。

そして、それを変えるのは貴方しかいない。

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