2013年9月20日金曜日

「実力」とは「責務」の「結果」を出すこと

ダイヤモンドオンラインの吉田典史氏が連載している「悶える職場~踏みにじられた人々の崩壊と再生」では、女性管理職を「したたか」と表し、リストラの男性技術者を「まじめな会社員」と捕らえて記事が構成されている。

しかし、この記事を読む限り、私には「実力がある女性管理職」と「実力がないのに役職を欲しがった会社員」としか思えなかった。

彼は、技術職としては「実力」があるが「管理職」としての実力はない。

だから、もし彼がプロとして組織の要員レベルを危惧するなら、「研修が必要」という要望を彼女に提案するべきだ。

その上で、外資の経営層が「必要」と思えば経費はでるだろうし、不要なら無視されるだけ。

彼らにとって会社はひとつの「資産」でしかない。

そこが経費ばかり食いつぶしているのなら、リストラするし、それでもだめなら売っ払うだけだ。

プロジェクトリーダーなら、プレーヤーとしてのレベルが高くなければたしかに下はついてこない。

この発想で「昇進」の仕組みがあるから、勘違いする日本人が多い。

だから、改善はできないし、意思決定も出来ない。

予算は無駄に使われても、誰も責任を取らない。

外資の経営層がトップを日本に送り込む理由が良くわかる。

最近マクドナルドのトップも変更された。当然だ。

膠着した思想で意思決定をしても「手法の違い」でしかないし、何も変わるはずがない。

職務に「給与」が払われているかどうかは「結果」を見れば解ること。

日本の管理者が「意思決定」した結果が今の日本企業の状態なのだから。

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