2013年9月22日日曜日

不動産価値が上がれば投資はできるけど

ビジネス記事を書く「権威者」の指摘には、首をかしげるものがたくさんある。

一番多いのは「海外ではこういう成功事例がある」と言う紹介だ。

ある記事では、砂漠の街が計画的に都市化に成功した例を紹介していたが、日本ではまず無理な話だ。

何もないところには、設計図は引きやすい。
特に砂漠の街なら、何でも作り放題だ。
しかも、オイルマネーで金がある。

なら、何だってできる。

すでに権利や法律が入り組み「変える」なんて思想や価値観が皆無な「日本社会」において、「計画的な都市化」なんて夢のまた夢だ。

利権が絡んだ「計画」は常に起こる。

でも「50年後の日本ためにどうするべきか」なんて「社会的・長期的」な視点をもった議論ができる日本人はどこにいるのだろうか。

東北地方の震災後をみれば良くわかる。

消え去った街を再建するのに住民の意見はまとまらない。
「地元のための」NPOは20も、30もグループがあっても、どこも「どうするべき」を理論的に語らない。

「なんとかしろ」とは主張しても建設的な議論しない。
協力しおうともしない。

2、3万人程度の街でこのレベルだ。

日本人は「変えたくない」のだ。

だけれど、街は消えた。
人は消えた。

消えてしまった事実に向き合い、去っていった人々を認め、まだここに「住みたい」なら、その人たちが「50年後」を考える責務がある。

街など簡単に消える。
消えることは悪いことではない。
住む人がそこにいて初めて街ができるのだから。

復興予算とは、そんな勇気ある、責任を負う人たちだけが使う権利を持っているのではないだろうか。

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