俳優、渡辺謙氏が雑誌SPAのインタビューに答え「情報を取得選択できないと人間そのものが「ガラパゴス化」してしまう」という意見を読んで考えさせられた。
このブログの中で、日本企業の「ガラパゴス化」が一人ひとりが
「変化を望まない」
「長いものには巻かれろ」
「目立たず、空気を読む」
ことに価値観をおいている以上、企業は変わらない。
そもそも、取得選択は「権威ある誰か」がやることであり、それを信じて騙されても「国や企業が悪い」と言って「誰かのせい」にする思想に染まっている日本人だ。
嫌なことは、自分より弱いものに任せて、責任を負わなくても「管理職」であることを肯定する社会において、すでに人間も「ガラパゴス化」している。
ただ、彼の言葉に触発されたのは「ガラパゴス島の動物達は、それはそれで幸せだろうなあ」と思ったからだ。
「ガラパゴス島」はその現象を比喩されることが多い。
しかし、そこに住んでいる動物達は、取り残された故の貴重性でしか語られない。
本来、変化しない「生き物」は貴重だけど、渡辺氏の言葉では「島の現象」を日本人に使った。
ここが、面白い視点だと思った。
島にたくさんの動物が共存できたということは、取り残された島に住んでいる動物は、彼らの仲間なりに調和ができたということだ。
日本の中では調和して問題がないなら、それはそれで幸せなことだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿