産業革命時代、大企業でサラリーマンになる、というのは工場労働者だった。
彼らのサラリーは高くない。
では、他の労働者はどうだったか。
自営業だった。
でも、戦後、高度成長時代、苦労して自営業をするより、サラリーマンでいる方が楽に金を稼ぐことができることがわかる。
「会社」という信用を立てにお金を借りることもできる。
その金で家も買って、生活は豊かになる。
そこから生まれる価値観は「サラリーマンの方が、自営業より楽にお金が稼げる」という価値観だ。
そうなると、欲望は「もっと」となる。
だから「良い大学に行って、一流企業に入る。」ことが子供の人生の目標になった。
ここに「プロフェッショナルであること」の誇りや意識はない。
「正社員」という会社に「忠実」なことだけを求める。
だから、会社が「家族」になってしまう。
また、企業も「家族の仲間」を求める。
従って、スキルなど大した問題はない。
何故なら、家族は助け合うものだから。
そうやって時代を過ごしても、時代はプロフェッショナルを求める。
でも、企業はその判断ができない。
自営業が多い時代は、プロが何処にでも、いろいろな所にいた。
でも、ホワイトカラーのサラリーマンが多くなった現代、彼らには「何が」必要かもわからない。
だって、仕事は「みんなでやる」ものだったから。
だから、日本企業には「職務」という概念すら存在しない。
たぶん、これからも「どうしよう」と言い続けるだけだろう。
動物もそうだけど、餌を与えられる人生を何年も過ごせば、自分で餌と取る能力などとっくに退化している。
「見ない振り」だけは、職人級のレベルに達しているけれど。
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