心から尊敬する大工がいる。
母と同じ年齢であるが、本当にすばらしい大工だ。
技術的に宮大工並みだから、というのではない。
彼の建物への哲学を尊敬している。
だから大手業者の倍近くの金額を払ったけど、彼の工務店と契約して、家を建ててもらった。
彼の息子が継いでいる。
彼は、とっくに「退職年齢」だから、工務店自体は息子が活躍している。
でも、その活躍は「請負棟梁」だ。
つまり、大手建築会社、もしくはそこに派遣している会社から仕事を「受注」することが「仕事」だ。
建築ラッシュの今、ほとんど休む暇なく現場で働いている。
工務店に「一軒まるごと受注」は無いらしい。
そもそも大手建築会社ならその半分で建つんだから、彼らがやればどうしても高価になる。
反面、大手建築会社は大工が足りないから、小さな工務店の大工を雇う。
そうして、そこに住む人と家を作る人は何の繋がりも無く建物が建てられてゆく。
彼の技術は確かに父親と仕事をしながら伝えられただろう。
でも、父親の大工としての哲学はどうだろうか。
父親は、30年前に請け負った家に毎年年賀はがきを出していたそうだ。
そうしたらある時「息子の家を建てて欲しい」と電話が入った。
彼の哲学は「10年したら生活が変わるのだから、その時を考えて作るべき」というものだ。
つまり、何年先もその建物に「人が住み、生活する」ことを考えて建てている。
哲学無き家の30年後はどうなっているのだろうか。
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