大塚 寿 がダイアモンドオンラインに寄稿した「40代を後悔しない50のリスト」はそれなりに事実だと思う。
そして、「良い人生を送れたかどうかは、40代の過ごし方に大きく左右されるといっても過言ではない」という著者の意見には理解できるが、ため息しかつけない。
この手の「思想」が日本人の「変化」へのアレルゲンだ。
そもそも、年代で何かを「訴え」る「嘘」にほとほと嫌気が差しているが、日本社会で「年代別」で「思考する」ことが現実であることも認識している。
何故ならメディアの「権威ある人」の言うことを信じるように洗脳された日本人にはそれに対して疑問を持たない。
加えて、いかにも「ごもっとも」みたいな「事実」があれば「権威」との相乗効果で「洗脳」されてしまう。
これから、50代が60、70と高年齢人口が増える未来に、このような思想をメディアは撒き散らすが、その影響力を考えたことがあるだろうか。
年代で考えることは個人の自由だけれど、それが集団的思考になった時、社会での「通念」となる。
労働法は求人で「年齢差別は違法」だとするが、事実は50代がどれだけ履歴書を送っても書類審査すら通らない。
何故なら、履歴書には相変わらず「生年月日」を記載する欄を作ってあるし、派遣会社に登録する時も「身分証明書」をコピーする。
もちろん「年齢が解るもの」だ。だから、「年齢不問」の「求人」も法律もまったくの建前。
当然だ。
日本人自身が「年代別」で考える思考から決して「変わろう」なんて思っていないのだから。
世界的変化に対する「言い訳」として、法律をどれだけ作っても社会は「変わらない」。
だって、そんな「変化」を誰も求めていないのだから。
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