最高裁がようやく日本の恥部にメスを入れた。
結婚していない男女の間に生まれた非嫡出子(婚外子)の遺産相続分を嫡出子の半分と定めた民法の規定が、法の下の平等を保障した憲法に違反するとようやく判断した。
それまでに在ったケースも1995年での判決を「前例」として「権威ある人達」は勇気ある決断をしなかった。
つまり、社会的に日本はあまり変わらないが、世界が変わり始めたということだ。
裁判にかかわった両者のコメントが興味深い。
家族側は「私たちは介護などの苦労をしたのに、彼らはしていない。にもかかわらず半分も持って行くなんて。」と語る。
そして、家族とされなかった子供は「半分の人生が始めてひとつと認められた」という。
そもそも、遺産が大きければこの件は金の問題が強調される。
でも、この判決はもっと大きな意味を持っていることに法的な家族側は気がついていない。
人が生まれに寄って差別しないことを、ようやく日本は「選択」したのだ。
人が愛し合って子供ができる。
その後、親がどんな関係であっても事実は変わらない。
彼らが親であり、その子供であることに。
製造物責任法を持ち出す訳ではないけれど、できた「命」に違いなどない。
人が「違い」を作るのだ。
それで優越感を感じるのなら、日本国憲法をもう一度読んだ方がいい。
この裁判のために、闘った人達を尊敬する。
スタートはいつも、勇気のある人達の行動の結果だ。
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