2013年10月4日金曜日

だまされないための“占い師選び”のルール

このタイトル記事を読んで、大笑いした。
内容もざっと読んだが本当に笑わせてもらった。

これは「釣り」と呼ばれる記事なのだろうか。
それとも、本当にこの記事を真剣に読む人がいるのだろうか。

記事の内容はともかく、この「ルール」に「高すぎる金額を言う人はだましている」というような「提言」があることは興味深い。

そもそも、占い師を必要とするのは、自分で意思決定できないから、未来を知りたくなる人だと仮定してみよう。

そして、その人に誰かが「結婚する相手に出会います」という提言をするとしよう。

この記事は占い師が「3万円」なら「雇わない」し、「騙されている」としている。つまり「3000円」なら「信じる」ということだろうか。

信じることを「値段」で決める「概念」は、クリスチャンには理解できない。

「信じること」は心が決める。
「値段」ではない。

先輩クリスチャンの人生、つまり、「信じること」と共に「生きている」人生から、「信じていること」が「真実」であることを発見する。

そして、「真実」への思いが強くなる。
それが「信仰」だ。

もちろん、占いと信仰は全く違うものだ。

でも、価格のついた「未来」を信じた先に何があるのだろうか。

何を信じるのも個人の自由だ。
でも、それを信じて「騙された」というのはちょっと違うと思う。

「信じる」と決めたのは「自分自身」なのだから。

選択の自由もまた、神が人間に与えたものなのだから。

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