2013年10月9日水曜日

「命」を手に入れた責任の所在

日本人の「責任を取らない」「社会が悪くて自分は悪くない」の文化はついにここまできたかと思った。

さすがは正義を気取る大新聞社。
取り上げる本も社会受けしそうな本だ。

これは、小林美希氏の「ルポ 産ませない社会」という本のタイトルを見て感じたこと。

子供のころから「誰かの責任」にする大人を見て育った昔の「子供」は今や自分で選んで身を任した「結果」すら「誰かの責任」にしようとしている。

たしかにルポの内容は現実だけれども、それでも子供を生んでる人は生んでいる。

作り方は昔と変わってないのだし、欲しければ生めばいい。

その自由は与えられている。

育てられないのなら、仕事を辞めて実家にでも戻ればいい。
社会福祉もある。

これは「自分のやり方」を変えたくないだけの言い訳だろう。

結婚しなければ駄目だというのなら、田舎にはあぶれた男性がたくさんいる。
好きな種を選べばいい。

子供を「女だけ」の視点で「作るもの」と考えた時、こういう愚痴にしかならないだろう。

だって、日本の会社は「正社員」の「権利」だけを主張し「変わること」を否定する。

それは、女性も同じ。

だから、自分の「妊娠」という「変化」も会社や社会が考慮するのは「当然」と考える。

でも、協力する男性との繋がりを重要視しなかったり、母としての覚悟がない、親から生まれる子供の未来は、この本も語っている。

だから、「生ませない社会」でいい。

命を「作った」後の責任を「社会」のせいにするような人間は、増殖されるべきではないのだから。

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