某大手新聞の記事に「JR北海道、JR東に管理職の派遣要請へ」というものがあって、驚いた。
JR北海道には、管理職が居なかったということなのか?
部長などの役職がついた「正社員」が「足りない」というのだろうか。
毎月の役職手当を含めた人件費は、いったい誰に対して払っていたのだろうか。
当然、そういう役職の人はJR北海道にだって、掃いて捨てるほどいるだろう。
でも、それはこの記事を読むかぎり彼らは「管理職」ではないようだ。
ということは「肩書き」の意味や、書類に押される判子はいったい何のためにやっているのだろうか。
もっとすごいと思うのが「管理職」を外部からつれてきて、内部の社会文化が変わると信じていることだ。
変わるわけないし、連れて来られた人だって、途中で逃げ出すだろう。
だって「肩書き」だけの「管理職」は残っているのだから。
似た様な話がある。
社員2人の会社に頼んで作った在庫管理システムの数字が1年以上かけても全く正しく出てこない。
そこで、技術派遣で呼ばれた私がファイルメーカとエクセルで営業の求めるレポートを5日ほどで作ってしまった。
契約更新時に時給倍額を求めると「それは無理だから、彼らといっしょに作り直せないか」と提案された。
だから「製作思想が違いますからできません。」と伝えた。
そうしたら、私の時給が倍増されて契約更新。
彼らは切られた。
変わらないものはどうしたって変わらない。
切って取り替えるなら、別の話だけど。
ただ、それを決断するのは「管理職」だけどね。
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