2013年11月7日木曜日

技術を擬人化する日本人

ここにもまた「変わらない」日本人の典型的な形が記事になっている。東洋経済オンラインの岡田 有花氏が連載している中にある「中年のゆがんだ“mixi愛”」だ。

ユーザーが会社を支えるのは当然だ。
サービスやソフトなど「使ってもらってなんぼ」なのだから。
だいたい、使われないなら、普及しないし。

でも、この記事、ユーザーが「親」で、「mixi」というサービスを子供のように思っているらしい。

自分達ユーザーが育てた「子供(サービス)」を「大きく変えるなんて、何事だ」と憤る。

でも、これって「俺は「これ」が欲しくて、金出して買った「物」なんだから」という考えだけど、「サービス」は無形だから、変化する。

でも、それを受け入れない。
このベースにあるのは「変わることは悪いこと」という日本人の意識だ。

ビジネスが技術開発に伴い、企業が提供するサービスを変えてもそれは企業の自由だ。

サービスの仕組みは提供している企業のものなのだから。

ユーザーの意見は聞くことはしても、企業としては未来への投資に「割り切り」も必要だ。

まあ、その読みが失敗することもあるだろうけど、切り捨てて行くこと、破壊することでしか、新しいモノは生まれない。

あるサービスを利用していて、それが「変わった」と言って文句を言うくらいなら、利用をするのを止めればいい。

所詮、企業にとってはビジネスでしかないのだから。

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