2013年11月12日火曜日

暴力が育つ栄養素

家庭内暴力が社会的に認知し始めたことは素晴らしいことだ。

でも、法律だけはが充実し実際は「認知」が増えたこと、そして老人の増加、障がい者の就業増加で、暴力の数は増えているような気がする。

実際は「認知」されていない分が認知されただけなのかもしれないけど。

「いじめ」は暴力事件になる前の現象だ。

この「他者を苛める」行動の根底にあるものは「他者が自分の期待通りに動かない」という現実への不満だ。

これは他者を「コントロールする」という支配欲から生まれるが、これがあることで上下関係ができてしまうことを、人は意識していない。

そして、この「上下」という意識が優越感を刺激するから「自分の下」を作ろうとする。

弱い子供も、寝たきりの老人も、すべて一人の独立した人間だ。
誰かの所有物ではない。
神がこの世に必要だから送った大切な命だ。

にも関わらず、人間の理由をつけて人は人をコントロールし、優越感を持ちたがる。

だから、自分に優越感を「持たせない」他者には憎しみを感じる。


その結果が暴力だ。


言葉でも肉体的でも自分に「コントロールさせない者」への報復は肉体的に強い物が有利になる。

だから「いじめ」は学校で、会社で、家庭で起きる。

何故なら自分が「コントロールできない者」、つまり「自分の「言うことを聞く」べき者」が、自分の指示通りしないから。

それは、自身の人生もそうだ。

思った通りにならない「現実」を受け入れず、その周りの人間のせいにする。
社会のせいにする。
政治のせいにする。

誰かに責任にしてしまえば問題に言い訳できるから。

今の生活は、自分が「選び続けた」結果だ、という事実を忘れて。

0 件のコメント:

コメントを投稿