2013年11月22日金曜日

作り手への敬意が無い社会の先

おまけ目的で、映画のチケットを買う。
だから、映画を見ない。

そんな話を聞いた時「映画が「おまけ」になるなんて本末転倒だなあ」と思った。

たくさんの人が時間をかけて作った映画は、チケットのおまけに配られる原価数十円のプラスチックの破片より価値がないらしい。

「金を出す人がどうしようとその人の自由だ」という考え方は、一般的だけど、本当にそうだろうか。

これは、危険な思想だ。
この思想を、食べ物や衣類にも同じ考えをすると「買ったのだから、残ったら、要らなかったら、捨てるのは当然」ということになる。

食べ物が「そこに在る」ためには、農家が、漁師が努力して収穫してくれたからだ。

彼らの努力の結果、小麦粉が出来て、ツナ缶ができる。

だから、レストランでビザが食べられるのだ。

安い衣類も遠いアジアの国に作った人がいる。


映画も、小説も消耗品ではない。


何人もの作り手の努力の結果、私達が楽しめる。

有名な映画解説者の淀川氏はどんな映画もけなさなかった。

それは、作り手がどれほど映画を作るのに苦労しているかを知っていたからだと言われている。

知り合いの男性は、決して妻の料理に決して「まずい」という単語を使わなかった。

まずいと思う時は「このレシピはもう使わない方がいいかもねえ」とぼそっとつぶやいた。

金を払った権利だけを主張するのは貧しい行為だ。

家庭でも、社会でも、作り手への敬意を表さなければ、近い未来、誰も作らなくなる。

だから手遅れになる前に、家庭や学校から教える必要がある。

所有権の主張より、作り手への感謝の気持ちが大切だということを。

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