時事通信の「メニュー虚偽表示「人的ミス」」という記事を読んで「日本だけで通用する話だなあ」と思った。
責任者はもちろん処分などない。
何故ならこの誤表示は単なる「ミス」だから。
国民みんなが知っている。
これは「ミス」なんかではなく「誇大広告」だったことを。
そして、この言い訳を受け入れてしまう国民性がある。
裸の王様の話を思い出す。
当事者が「ミス」と言えばミスになる社会だ。
オリンパスの社長が「反省している」といる姿勢を見せるだけで執行猶予になった。
大切なのは「反省している」姿を見せること。
だから、社長の仕事は「頭を下げること」になる。
責任は取らなくていいのだから、楽なものだ。
そして、消費者はそういう姿を見ることによって、大手企業が「恥」をかくところを見て溜飲を下げる。
だから誰もが「そんなことは大嘘だ」と思っても「知らなかった」「間違いだった」という「言い訳」を「信じる振り」をする。
大手新聞はこの「言い訳」を「嘘」と確定するところまで原因を探って記事にはしない。
せいぜい、みんなが知っている「他社がやっている」ことを記事にして「襟を正せよ」と正義を振りかざす程度だ。
何故なら「仲間」が「形」を見せたのだから「和」を保つのが日本の方法だ。
彼らは、新聞やテレビの広告枠を買ってくれるのだから、適当なところで止めるのは当然だ。
日本の社会は求職時において、自分を良く見せるために履歴書も「盛る」らしい。
レストランのメニューも「盛った」だけの話。
企業も労働者も発想は同じなんだから、お互い様でしょう。
でも、これを「ミスだ」と言い張るのは表現が乏しすぎる。
センスが無いなあ。
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