2013年11月9日土曜日

釣り記事の中の「恐怖」

「これ怖すぎ!「独身中高年女性」を待ち構えるリアルな恐怖が判明」という記事、タイトルに引かれて読んだら爆笑してしまった。

「恐怖は売れる」という広告セオリーの通りの釣り記事でしかないけど、すっかり釣られた。

でも、内容は個人の意見としてはともかく記事になるようなものなのだろうか。

この記者が言う「リアルな恐怖」の理由は、独身中高年女性は「相手を求めなくなり、求める行為もしない」という事実らしい。

だから「寂しさや孤独の回避のためにも恋をしよう」意見している。

中高年は「誰からも求めらない年齢で誰もが迎える」と断言するところから、多分若い記者だろう。

「恐怖」を煽れば商品(サービス・記事)は売れるのは当然だけど、不安や恐怖を煽った「広告」の目的はただひとつ。

自分の「商品(サービス、記事)を売る」ということしかない。
(私はそれに貢献してしまった。)

この記事、「恐怖」だけでは足りないようで「リアルな」という強調単語までつけて表現している。

そんな文章から感じるのは、心理的に子供の、精神的依存の強さだ。

だから、この記事の本当の「恐怖」は、寂しさや孤独が人と付き合うことで「回避できる」と信じていること。

孤独はそんなことで回避できるものじゃあない。
何故なら、孤独感は、他者と居る時ほど強く感じるからだ。

大多数と「違うこと」が「異常」と断言するような会話をする集団の中では顕著に感じる。

孤独を回避するために、パートナーを手に入れたのなら「自分」は満足できるだろう。
でも、それは新しい服を手に入れて満足することとあまり違わない。

しかし、服と大きく違うのは、相手も「選択」する「意思」があるということ。

相手と暮らすことは相手を受け入れることである。
そして、それは自分の「選択」だ。

そして、関係は変化する。
自分も相手も変化する。

「パートナーと暮らす」現実は、変化の結果、自分が選び続けることであり、すべて自分の責任だ。

記者が求めるようなパートナーは求愛行動をするだけで得られるもんじゃなない。
鳥じゃあないんだから。

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