2013年11月14日木曜日

小さなコミュニケーション

東京から、この地方都市に出稼ぎに来て思ったことがある。
この街が持つ余裕だ。

東京で仕事をしていた時、乗り換えとなる「要」の駅の一駅前に住んでいた。
つまり、あの殺人的な満員電車は1駅だけを我慢すればなんとか通勤に耐えられたということだ。

1駅が我慢の限界だった。

東京の4月、新人社員が満員電車に耐えられず、一駅前の私が使う駅で降りて吐いている時があった。

でも、誰も声をかけない。

私は2人ほどティッシュを手渡したことがある。
彼らも恥ずかしいだろうから、声は掛けないけど。

周りは誰もが「見ない振り」をしていた。

先日、地下鉄の駅の階段を上っている時、前の人の靴が脱げた。

後ろにいた私に見られて、とても恥ずかしそうにしていたので「シンデレラみたいですね」と声をかけた。

そうしたらうれしそうに「王子様は拾ってくれないけどねえ。」と答えてくれた。

その日一日、ちょっと楽しい気分になった。

買い物をしていても、知らない人と小さな会話をすることがある。
覚えてもいないようなことだけど、東京とは大違いだ。

「見ない振り」をするのは、簡単だ。
でも、他者に関心を持たない人は自分が困っている時に、見捨てられる。

やさしさやユーモアは循環する。
そんな空気は社会に広がってゆく。

社会を作るのは、一人ひとりの考え方だ。

そして、一言かけるかどうか、その行動を選択する自由は誰もが持っている。

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