楠木 新氏が東洋経済オンラインに連載している「なぜあのオジサンは、働かないのか?」を読んでげんなりした。
とうとうここまで来たか、と思った。
働かない事実に対して「どうしたらいい」という対処法をタイプ別まで分けて処方する、という。これを「解決案」と呼ぶのだろうか。
職位だけにぶら下がり、職務を果たさない社員を作ったのは企業だ。
そして、この存在を肯定しているのも企業だ。
何故肯定するのか。
面と向かって問題に取り組む責任者がいないからだ。
では、何故、経営層もこの問題に取り組まないのか?
そんな責任、誰も取りたくないからだ。
人件費として計上すれば、なんら問題ない。
経営層もまた50代だ。
自分の首をしめるような渦中の栗を拾うようなことをする人はいない。
こういう「お仕事」を肯定するから、50代は会社に行きさえすれば、年収700万以上もらえると思っている。
そういう大人を見ているから、若者は正社員になることが「最高の就職」だと思っている。
職務としての結果は問わず、年齢で求人を選別し、職務ではなく、職位という「肩書き」が重要な日本企業で起こることはどこも同じだ。
問題は、家族的経営文化における責任のあいまいさから発生している。
「職務定義」を明確にし、責任と仕事の範囲を適切に分ければ、社員だろうが派遣だろうが同じ給与を策定することはできる。
でも、できない。
何故ならそもそも「職務定義」が無いからだ。
だから、どんな解決案も気休めでしかない。
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