2013年11月9日土曜日

言い訳はどの会社も同じだ

タイトルは、東洋経済オンラインの「身内で傷の舐め合い、終わらぬ「みずほ危機」」を読んで思ったこと。

かつてオリンパスの社長が「文化の違い」で会社を追い出した日本人経営者。

すべてがバレても最終的に「反省」する姿をみせたら実刑を免れることができる「仲間意識」の高い社会。

みずほ銀行とオリエントコーポレーションの問題は「風土」だったそう。
だから、金融庁も追求しない。

たしかJR北海道のトップも似たようなことを言っていた。

ここで使われる「身内」という言葉は決してグループ企業だけを意味しているのではない。

日本社会で既得権を持った組織に属することは、役を演じることだ。

管理職や役員の「責務」は、演じることであり、チェックもせずに判子を押すこと。

お詫び会見で、どれだけ長く頭を下げるか。
短すぎては絶対にいけない。
みんなと「合わない」と格好悪いから。

彼らにとって、社会的責務より必要なことは、空気を読んで余計なことに口を出さないこと。

だって「肩書き」に責任は求められていないのだから。

「肩書き」が本当の「職務」であれば、こうはいかない。
「職務」を全うしていれば、事件が起きる前に予防できるはずだ。
(100%とは言わないが。)


どの事件も「起こる原因」は変わりない。


大企業という「ブランド」の中で「職務」なき「肩書き」でお仕事する人たちが作る社会を「風土」と呼ぶことを許す、日本社会に起因している。

でも、自分に関係ないから、政府の施策を批判する。
当事者は、変化は「悪」と考えるから、変える気がない。
指摘された政府は、ちょっと対応するだけで「やったこと」にして、後は「見ない振り」をする。

だから、結局何も変わらない。

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