2013年11月21日木曜日

感動の値段、モノの値段

ある映画館が、観客に「特典だけ貰って映画を見ないのは不快だ」と意見した。

これはある映画チケットの特典が市場で高値で売れるから映画を見ずに特典だけを貰うらしい。

だから、映画館の従業員が見かねて意見したらしい。
それに対して「金出した客が何をしてもいいだろう。」と苦情が来たらしい。
それで、結局映画館が「不愉快な思いをさせて申し訳ない」と謝ったという。

これに対して「そういうものを作る企業が悪い」みたいな意見もあった。
それも正論だろう。

世の中が映画を「ビジネス」と捉えた以上、金儲けのために「映画を作るつくり手」にお金をかけず、「チケットを売るため」に努力するのは当然だろう。

映画がビジネスになれば「良い映画を作ろう」とするのではなく、「映画をできるだけ売ろう」という思想に侵される。

だから「おまけ」をつけることになる。
これが「売れるから映画化する」発想で上質な映画が出来るはずが無い。

映画は芸術表現の形だ。
感動が欲しくてその時間を劇場で過す。

そこから人生を学び、アーティストの表現を楽しんだ。

映画が与える、何度も思い出せる感動の瞬間。
そして、誰かと過ごした大切な時間。

それが映画だった。

しかし、映画が「ビジネス」になれば心理学をマーケティングに応用し消費者の欲望を刺激する。

消費者が欲しいのは感動じゃあない。

「モノ」だ。

「特殊なものを所有すること」で優越感をくすぐるからだ。

「所有すること」を「幸せ」と考える思想が高度成長を支えた。
そして、誰も尋ねて来ない家をモノで一杯にして一人で暮らす人が増えた。

そこから、新しい感動を与える「モノ」が生まれることはあるのだろうか。

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