2013年11月9日土曜日

差別の現実

某大手新聞社のWEBに「「婚外子」平等化に反対、自民勉強会に23議員」という記事を見て目を疑った。

一人、二人の反対ならともかく、現役に法律を作る立場の人がこれだ。

この現実から考えれば、日本の求職活動における「年齢差別なしの平等」という法律が形骸化されるのは当然だ。

民法は「憲法」の下に存在することを、彼らは本当に理解しているのだろうか。

このようなニュースを読むほど、彼らを「選んだ」国民の「平等」という意識のゆがみを痛感させられる。

生まれた命に違いは何もない。

障がいがあろうが、社会的立場がどうであろうが、国籍がどうであろうが、命はこの世に必要だから生まれてくる。

どんな命も違いはない。

それを憲法が保障しているのは何故か。

命は尊いものだからだ。

それ以外の「区別」は「人」が作った概念でしかない。

にもかかわらず、こういう行動が「肯定」できるのは、自分達の権力が国民より「偉い」と信じているからとしか思えない。

司法でも「違法」と判断されたことを、政治家として堂々と「肯定する」行動をすることが、どれほど国民を馬鹿にしているか彼らは理解しているのだろうか。

ただ、これは彼らだけの問題ではない。

国民が政治家を選んでいるのだから。

政治家の意識は、また日本人の意識だ。

20人以上も憲法を否定する政治家を選んでしまった国民は自分達の選択を振り返る必要がある。

自分にとって「得」ということだけで選んだ結果、どんな未来を自分達の子供に残すのかを。

どんな価値観を伝えて行くのか。

貴方の孫は、障がいを持つかもしれない。
父親が判らないかもしれない。

でも、愛すべき、素晴らしく尊い命であることには違いないのだから。

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