2013年11月13日水曜日

「買う」行為に必要な「価値観」

「買う」行為は「物を得る」ことだ。

食べ物であり、サービスであり、自分以外の「誰か」が努力して得たものを「お金」を払って分けてもらっている。

まずは、それに感謝する必要があるだろう。

消費者が「誰か」から買い続けることで、企業や職人が信じることをやり続けられる。

だから、「安い」だけで「買う」行為は社会的に考えた時、不健全な行為に思う。

「売れるなら何でもあり」という消費思想に基づいて、より安く、より大量に、提供される社会になった。

だから、物を大切にしなくなった。

家も20年経つと壊される。
でも、新しい家は6ヶ月もしないで建ってしまう。
そんな家の売りは「安さ」になる。

食べ物も建物も簡単に手に入るものは大切にしない。

コンビニエンスストアで、出来合いの食べ物が簡単に手に入るから、食事を作る人を大切にしない。

食材を作る人もイメージできないような食べ物が満たすのは食欲だけだ。

「物」を買う行為は、関係を作る行為だったことを思い出して欲しい。

近所の八百屋さんにおまけしてもらったこと。
魚屋さんからお魚料理のコツを教えてもらったこと。

過去に戻ることは決して出来ないが、「買う」行為の意味を改めて考えることはできる。

提供する側と関係を作る。

食べ物から家まで。

そして、介護やレストランで受けるサービスにも。

安さと利便性だけで金を使う自分自身の日々の選択をちょっとだけ振り返って見て欲しい。

その購買時の選択基準が「安さ」であるのなら、その結果は「何」を「誰」を支えたのか。

ちょっとだけ、考えてみて欲しい。


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