2013年7月23日火曜日

「60歳でも働ける社会」を求める矛盾 02

これは、一人ひとりが職場いる時、自分の仕事に「責任感」を、「プロ意識」を持って仕事をしようとしなかった歴史が作った問題だ。

誰かに、何かに責任を任せること、依存することは楽チンだ。

1人でやるというのは、リスクも大きいし、何よりものすごく大変。

だから、人間は、仲間を作って助け合う。
仕事をするということは、信頼関係を作ることでもあるはずだった。

労働問題の本質は、働く人が「金のために仕事をする」結果、責任を追求しない企業意識だ。

何故なら「変わりたくない」から。

悪いことをやった人が悪い。管理者は「知らなかった」のだから今度からちゃんとやればいい。

だから、「仕組みは悪くない」と考える。

正社員だろうが、そうでなかろうが、この労働思想は同じだ。
切羽詰まるまで、変えようとしない。

自分の仕事は、何のためにやっているのか。

具体的には「ここでやる業務の意味は何なのか」をきちんと考え、変化を恐れず取り組むこと。管理者の立場はそういう責任があったはずだ。

でも「既得権死守」の企業社会では、変化は「悪」なのだ。だから既存の仕組みを壊そうとする人、問題視する人は吊るし上げて叩き出す。

事実が明確になる前に。

何をしても大丈夫。世の中がすべて「肩書き信奉」だから、「部長」という肩書きが守ってくれる。そうして、「変わらない」企業文化が確立した。

それを今更、企業を退職するから、「仕組み」を変えて、「60歳でも働ける社会を!」と言っても説得力が無いのですけどねえ。

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