2013年7月30日火曜日

子供は「作るもの」だから

先日、年配の友人と話していて、結構な激論になった。

話題は最近のダウン症出生前検査から発生した。

彼女いわく、「ダウン症だからって言って、中絶するなんて理解不可能」というコメントに対して「何で?今子供は「作る」んだから、不良品は要らない、っていう考え方は普通ではないのですか?」と私はコメントを返したのだ。

「それはおかしい」と彼女が言うから説明した。

「何で?みんな子供を自分の「物」と思うから、自分の思う通りに「作れる」ものだと思っている。

作った「物」だから、20歳になっても、彼らがどう考えているか意見も聞かないでしょう。」と反論した。

赤ん坊はかつて「授かるもの」だった。

作り方は古来から変わらないが、授かった命に対して、選択の余地はない。
神がその子を地球上に、その家族に必要としたのだから。

問題は「作る」という概念が生み出した思想だ。

「作る」ものだから増やせるものだと思っている。

だから、増やす方法だけを必死に考えて、無駄な税金を使う。
そりゃ、牛だって馬だって「増やせる」んだから、人間だって大丈夫。

あほか、と思う。

「授からない」事実がある。
そこに「何故」は無い。
神が「不要」ととすれば、子供は生まれない。

それだけの話だ。

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