2013年7月30日火曜日

「作った」子供はどうなるか

この年配の友人は最高に素敵な人だ。

私の反論を聞いて、思わず笑い出した。
なぜなら、私の言っているポイントが理解できたからだろう。

そう、「作る」ものなら、「壊す」選択もある。

命に対して、それを人間がやるのならば、殺人者に対して「何故、人を殺してはいけないのか」という質問に答えることはできないだろう。

誰かが作ったものを壊したら、全員、テレビの前で頭を下げればいい。
所詮、誰かが「作った」ものだ。

でも、それは違う。
命は、一つ一つが貴重なものだ。
そして、その一つ一つに意思がある。知恵がある。

生まれてきた理由がある。

持てるものは、与えるものになり、与えられるものは、自分が与えるものになれるように努力する。

その結果、次の世代の「持てるもの」が「与えるもの」となって引き継がれて行く。

このように貴重なものを、本来、神しか奪えないものを人が奪うから「罪」なのだ。

「作ったもの」は違う。

所有物だから変化しない。
自分の思い通りになる。

ひとつの命として尊重されずに育った人間に「意思決定」を求めるのは無理な話だ。

そんなことは、プログラムされていない。

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