2013年7月23日火曜日

労働経験が作る「プロ意識」

仕事は「プロとして技術を売るもの」と思う人間に、時給だけで仕事を選ぶことは考えられない。

でも、世の中の価値観が「仕事はお金を稼ぐこと」というものに覆われると働いた労働時間でしか仕事を捕らえなくなる。

たとえば多少苦しくても「ここでの仕事は面白い」などという労働者がいれば「そういう会社は労働者を洗脳している。宗教だ。」と中傷する。

仕事をすることは、社会に対して自己表現することであり、社会と関わること。そこで、出会った縁ある人々を知ることで自分もまた学ばされる。

仲間を認めることは、自分以外の個性を認めることになる。
金を得られるのは、その結果でしかない。
だからこそ、自分が約束した契約期間はちゃんと働く。
期間限定ならいじめもパワーハラスメントも我慢できるし、その体験は次に生かすことができる。

でも、この認識自体、時代遅れのものなのかも知れない。

それでも、自分が何者であるか、プロとして何ができるのかを自覚して求職しようと思う。

求人条件に合わせてうそをついても、結局は自分に振り返ってくる。
出来ないことは出来ないし、できることは出来る。

給与は「これができる」からもらえるのであり、その時間、その場所に居たからではない。

管理者の給与が高いのは、その責任を持つからであり、リーダーとなるからだ。

頭を下げることに払われるのではない。
部下が提出した書類にただ判を押して、時間を過ごすことに対して払われるものでもない。

たぶん、大会社の「正社員」という既得権を持った人は、こんなこと、考えてみたこともないんだろうな。

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