2013年7月10日水曜日

「条件付愛」が存在する仕組み

リスクマネジメントを研究しているときに、業種によってリスクや評価の捕らえ方が違うということを知った。

たとえば、金融業。
これはルールを守ることが評価につながる。
評価が悪いというのは、ルール(基準)を守らないこと。
つまり「減点主義」と言えるだろう。

逆に商社などは「殺人以外は何しても良い」と言われるほど、守るべきルールは少ない。
評価が悪いのは、売り上げが少ないことなので「得点主義」でもある。

たとえば、「条件付愛」を「減点主義」と考えてみる。
これは「ここまでになれば、貴方を愛する」という価値観だ。

この思想が金融業と似ているかどうか考えてみよう。

条件付愛は、貯金できるか?
できる。だって、子供に「投資」すれば、老後は安泰と親は考える。

与えた愛に利子はつくのか?

親に従順な子供に育てれば出世して、親に儲けをつけて返してくれるかもしれない。
逆はどうだろうか。貯金しなければ、借金することになる。愛の借金は「憎しみ」と言ってもいいだろう。

条件付愛を与えないと、貯金はないから、子供は大人になった時、親の元に戻る理由はない。
借金があれば、憎しみ会う関係しか残らない。

「条件付愛」を「得点主義」で考えてみるとどうだろう。

「何点とれば、ゲーム機を買ってあげる」と同じように「いい成績なら、愛してあげる」とか。

得点主義も、減点主義も「損得」のために人が作った「仕組み」がもたらす思想だ。この思想の元に「愛」という関係を肯定した場合、問題が起きる。
何故なら、どちらも「誰かが作った価値観」を元に愛するから。

人は「誰かの価値観」に見合わなければ、決して愛され、認められることがない。

現代社会の問題は、愛する方法を人間の仕組みで考えるから。
神の「仕組み」に条件付愛はない。

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