2013年7月10日水曜日

「盗む」行為が生む価値観

音楽や思想をコピーする行為は、人の創作物をコピーして対価を払わない「盗む」行為である。

その行為がもたらすものは大量の情報流出。

無料で手に入れた物の価値は薄く、すぐに手放す。そして「ああ、それ知ってる」ということになる。

他者のものを盗む行為(物品であれ、思想であれ、デザインであれ)「罪悪である」ということを教えない文化の成れの果ては、創造する人を尊重しないこと。

つまり、人間の個性を尊重しないことに繋がってゆく。

それは、自分の子供や親(老人)を「所有物」として捕らえる思想に繋がる。

何故なら、人はそれぞれがユニークな存在であり、自分とは異なる考えを持った「一人の人間である」ことを否定するから。

親(老人)や子供の「行動したい(生きたい)思い」を盗んで、自分の「こうさせたい思い」を押し付ける。彼らの意思に対価(尊重)は払われない。

そして、彼らのために「私が決めてあげる」ということになる。

コピー情報で出来た思想の元に出来る価値観は危険だ。
「がんばっている自分を認めて」という情報は、共感を呼びやすいから。

だから「一生懸命やっている自分は正しい。何故ならみんなそうやっているから」ということになる。

「情報」というデジタルコピーで知りえたものから学んだ思想も、決して自分も物にはなりえない。

何故なら、それは誰かが作った「考え」だから。

重要なのは「自分はどうしたいのか、どうすべきか」を考えること。

そして、他者の意見を尊重すること。
矛盾した意見に見えるけど、「他人の意見を尊重した」上で、「自分はどうしたいのか」を考える必要がある。

「どうしたいのか」を選んで人生を生きる権利があるのは、その人以外、誰でもないのだから。

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