2013年7月2日火曜日

確認印の管理者名は、どんな意味があるのか

担当者が1億着服した、窓口が3000万使いこんだ、という話を聞くたびに「何故、日本ではこの責任者を追及しないのか」と思う。

内部監査員だった経験から、たいていの管理者が判を無意識に押していることを知っているからだ。

もちろん、素晴らしい管理者もたくさんいる。

ただ、管理者として、一定期間にわたり、動く金額に対して、いくつかの切り口を持って、全体をみていればその動きの異常さに3ヶ月や1年で気がつくはず。

だって、管理者は1人じゃあないし、会計監査も毎年入っているのだから。

各管理者がそれぞれが自分の範囲の専門性、プロという意識をもって仕事をしていれば、担当窓口が「3年間、着服しました」なんてありえない。

会計がITシステムで管理されていると、伝票金額と承認金額というような、1対1の数字が間違うことはほとんどない。
だかた、その出し入れの量で不正を操作する可能性を「考えない管理者」に給与払って、なんのチェックを期待するんだろう。

無駄な業務をすることで、企業は中年雇用を保っている。

その分、若い子達は、派遣というプロフェッショナルでもない立場で働くしかない。

一企業ではなく、「社会全体」として考えた時、無駄な業務プロセスに人件費を払い、プロフェッショナルを育てない従業員がたくさん働く組織の存在意義はなんだろう。

そして、そういう組織や部門は企業にとってどんな存在価値があるのだろうか。

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