2013年7月10日水曜日

薬や治療で「治った」人々の「その後」

昨今、いろいろなところで、心の問題を専門家並みに語る人を見る。

自分自身で「うつ病」だから、どうする、こうする、という話もそうだが、聞いていてとても違和感を感じる。

何故なら、これだけ巷に情報が取れて、精神病で休職も出来て、病院にも行っているのに、一向に減る話は聞いたことがない。

増える話は沢山聞くけれど。

会社でのパワーハラスメント、引きこもり、そしてうつ病。

何故、減らないのか。

それを語る精神科医の記事も見かける。
現代人のストレスとか、会社環境や、社会的不安とか、なんとか。

でも、本当にそうなのだろうか。

心の病にプロがいることも、そういう「原因追求」も理解できる。
現代、特に精神科医も増えて、薬も手に入るようになった。

でも、こういう「進化」で、人は救われたのか。

新しい自分になれたのか。

自己分析とか自己認知とか、分析手法も多数ある。
でも、こういうことで人は救われないような気がする。

何故なら「生きる意味」は自分自身を掘り下げても存在しないから。

クリスチャンは、神によって変えられることを信じる。
信仰に生きる意味は、神の言葉と共に生きることだ。

この世に命があるのは、神がその人を愛して送られた。
その目的は、お互い愛し合うためだ。

他者を貶める情報が氾濫し、魂を汚し続ける社会に必要なのは、神が人に託した目的を知ることではないだろうか。

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