2013年8月11日日曜日

選んだ「責任」と選択する「リスク」

責任を「誰か」に押し付ける文化は、いろんな形で社会に現れている。

まあ、それが新しいビジネスを生むことになり、雇用を増やすことにもなっている。
でも、それはどんな価値を社会に生み出すのだろうか。

この「連帯保証人」の廃止する「案」は、ある意味銀行に「ちゃんと自分で判断しろ」と言っているような気がする。

当然だろう。

もし、銀行がそれほど社員の能力を心配するなら、貸付担当者に保険でもかければいい。

すでに有利な条件で貸すのだから、リスクの価格は銀行の経費だ。

契約もそうだ。
当事者同士が契約して、それが履行されないのならば、履行されない方が訴えるだけだ。

細かいルールなど要らない。
それで開き直られるのなら、そういう会社と取引した自分の「決断」の責任ではないのか。

下請けが潰れて、プロジェクト停止されるなら、自社でやればいい。
持ち出しにはなるけれどそのリスクは「自分でやらない」と決めた段階で常にある。

下請けに出した段階で儲けを出しているのなら、「出来ないかもしれないリスク」を経費に入れるのは「元受」の義務だ。

そもそも、下請けを「選んだ」責任は、その会社にあるのだから。値段や広告で「決断」した責任は一人ひとりの当事者にある。

そして本来、どんな取引も当事者同士に「信頼関係」があるから発生しているはずだ。

人の生活に本当に必要なのは、新しい法律ではなく「信頼し合える関係」だ。
これらの「仕組み」を変えても本当に重要なことは「新しい法律」から生まれることはない。

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