2013年8月19日月曜日

戦後補償という「考え」・・・そのうちいなくなるさ

最近、最高裁が空襲被災者の訴えを棄却したが、その中に「これは立法で対応すべき問題だ」と明記した。

空襲被災者の問題は、1987年に最高裁で判決が出ている。
その時の考えは「受忍論」だった。

軍関係者への補償は50兆円を超えていたのに、戦争に巻き込まれた一般の国民への補償は「無くてもしょうがない」という。

この判決は当時まだ民主主義などと言うものが日本に無く、「既得権」や「権力主義」の価値観が社会全体に蔓延していることの象徴だ。

最近になって、ようやく裁判官の考えも変わってきた。
それは、何人もの人が「憲法の権利」を使って「国」を訴えたからだ。

「お上のやることは正しい」というマインドコントロールから脱出し、自ら行動した人だ。

でも、政治を担う権力者の考えは変わらない。
彼らは政治家にとって、消え行く弱者を助けることなどなんの得にもならないから、できるだけ時間を引き延ばす。
時間が経つにつれて、被災者が減ってゆく。

彼らの残り時間は少ないのに。

こういう「仕組み」を支える社会的価値観は「建前主義」だ。
政治家に陳情に行っても、彼らは行動しない。
たとえ、行動しようとしても、派閥主義の中で、何ができるのか。

結果を出すために決断しない。
彼らもまた「既得権」を守ろうとするのだから。

主権政党が変わるたびに「今度は違う」と信じるのは自由だ。
でも、日本人の「事なかれ主義」は戦前から変わっていない。
そこに居るのは「てめえ主義」で「全力を尽くす自分」を演出する政治家だ。
なぜなら、それを求めている国民が居るから。

国民一人ひとりが、自分たちの既得権を守りたいと思うなら、この先にある変化は「破綻」しかないだろう。

そう。そのうちいなくなるさ。

0 件のコメント:

コメントを投稿