2013年8月19日月曜日

「共感して欲しい」という欲望の気持ち悪さ

WEBニュースをサーフしていると、「時代が求める」とも言える言葉が目につくようになる。

「共感」はそのひとつだ。

「人が自分の生活を共有するのは、自己承認欲求のためだ」と池田紀行さんは意見していた。

「恋愛コンサルタント」という人が、「もてる男になるためには、女性の話に共感するんだ。」とアドバイスしている。

日本の大企業で働いていた時もそうだった。

コンサルタントに正社員が「改善プロジェクト」を説明する。
やるだけ意味のないものであっても、そんなこと聞く耳持たない。
「俺たちのプロジェクトはすごいだろう」と共感と承認を貰うためだ。

それは、自分達が上層部に「プロジェクト予算」を承認してもらうために必要だから。

コンサルタント側も「それが失敗してもたいした影響がない」と判っている。
だから、「難しいですね」程度で話を濁らせる。
後から、失敗の責任を押し付けられると面倒だからだ。

ただ、改善とも呼べないものだから、失敗したところで、たいした問題ではない。

相談された方だって、客が「こうしたいけど」と言うことを否定なんてしない。
次の仕事が欲しいから。

みんなが「承認」した「実績」が部門予算を増やす。

「改善」と名づけられたプロジェクトがプロジェクトが進んでゆく。
「根回し」という名の交渉を1年かけて。

結果に責任を負わない彼らに重要なことは「やった事実」を残すことだ。

だから、この「共感欲求」に基づく行動は、金や損得が透けてみえる。

恋愛も友情も、損得を考えて行動して得たものは、いつまで続くだろうか。

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