2013年8月27日火曜日

「見ない振り」の先にあるもの

最近、ある有名歌手のライブに行った。

素晴らしい声の持ち主である彼女の体は、昔から大柄だった。
しかし、今回は巨大だった。

声は素晴らしいけれど、健康状態はとても悪い。
今後、彼女の素晴らしいライブを後何度見ることができるのだろうか。

人類が始まってから今のような肥満が蔓延した時代はかつて無かった。

人間の体は、肥満になったからと言って、耐震工事のように強度を追加できるものではない。

だから、関節が体重に耐えられなくなったとき、問題が起こる。
しかし「肥満」という問題の発生前から「不摂生」という原因があった。

ただ、自分の問題を「見ない振り」をした。

聖書が人間の欲望を「悪」と考えるには理由がある。
何故なら、人は決して満足しないからだ。

現代において、欲しいものは簡単に手に入る。
美味しいケーキも、コンビニで夜中に買うことができる。
そして、人の欲望を満足させて儲けるために24時間店が開いている。

そして、欲望を満足させた後、人は罪悪感を隠すために言い訳をする。

「今回だけだから」と。

これは、反省ではない。
反省は自分の言動を見つめ、それを「変える」ために行う行為だから。

欲望のままに食べて、アルコールを摂取して、運動もしない。
自分自身の「問題」に向き合わずに20年。

50代になってからあせっても、決して手遅れではないけれど、痛めつけた肉体を復活させるには、かなりの時間がかかる。

病気になるには、原因がある。
その原因に向き合うということは、自分の欲望に向き合うことだ。

つらいことかも知れない。

でも、培った素晴らしい才能は神がくれたもの。
それを生かすために、自身の欲望に向き合い、それを制御するのは自分しかいない。

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