2013年8月14日水曜日

変わらないのは、仕組みだけではない

ネットでニュースサイトを見ていると、ある芸能人がツイッターで意見したら「反論の罵倒に惑った」とあった。
この発言にフォローアーが、ああ言った、こう言った、と続くのだが、それに興味はない。

ただ、彼女が「本当のことが言えない日本」というようなコメントをしていると読んで、ふと思った。

「それは違うだろう」と。

自分が何を語るか、は自由だ。
それは、芸能人もそうだし、一般人も同じ権利を持っている。

だから、他者に対して発信したのなら、そこからのリアクションも受ける責任がある。

それは、自分の行動した結果だからだ。
その結果、その意見だけではなく、他のことまで罵倒される。
理不尽だとは思うけれど、日本は、日本人は変わっていない。

かつて、日本が戦争をしていた時も同じことをしていた。
もっと、過激なレベルで。

言論がどれほど制限されていたか、歴史を振り返えれば判ることだ。
第二次世界大戦中は、「この戦争は間違っている」と意見するだけで「非国民」と言われ、リンチされたり、警察に捕まったりした。

自分の意見なんて発言できない空気が「一体感」を醸し出し、戦争という目標に向かった。
今も、共産国が言論の自由を許さないのは、理由があるのだ。

ネットの時代、いろんなバッシングがあっても誰も殴る人はいないだろう。
仮想世界で罵倒されたところで、怪我をしたり、家を壊されるわけではない。
それも、せいぜい3日くらい。長くて1ヶ月だろう。

無視すればいい。
そして、どうどうと意見を言えばいい。

自由に意見ができる国であることと、先人の努力に感謝しながら。

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