2013年8月15日木曜日

「区別」することは何の意味があるのか

「年齢詐称」という単語がある。

芸能人のニュースでよく見る単語だけれど、この意味が良くわからない。

「芸名」として偽の名前で仕事をしているけれど、偽の年齢は「詐称」という露悪的な単語を使われてニュースになる。

でも、偽の年齢だったことに何が問題があるのだろう。

日本では、年齢がすべてだ。
仕事をする時も、介護を受けるときもすべて「XX歳だからこうすべきだ」という「誰かが決めた」価値観を押し付ける。

人を「平等」に扱うために。

社会全体がその価値観を肯定しているから、年齢をごまかす証明書でもなければ、常に「所属」は決めらる。

「区別」される。

ホームレスに精神疾患者が多いことは、20年以上前から判りきっていることなのに、それを明確にすることで、彼らを「精神障害」に「所属」させる。

鬱の種類がどんどん増えている。
精神疾患があそこにも、ここにも多く存在する、「自分は鬱」という場所に「所属」して安心する。

「所属」を明確にすることで、理解した気分になる。
特別に対応される「権利」を得た気分になる。

「区別」はより「わかり易い」価値観を提供する。
「結婚している」か「独身か」を「勝ち組」「負け組み」と「区別」する。

だから、所属するための情報が「偽」だった時は問題になる。
「理解した気分」が「騙された」に変わるから。

どうでもいいことを知って「理解した気分」になって、それが嘘だったら「騙された」と考える社会。

ここで「個性を尊重する」という言葉は無意味だ。

「所属」を知って「理解した気分」は、個人を知るのに何の役もたたない。
その人と話し、時間を過ごさない限り、人は判り合えないのだから。


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