2013年8月19日月曜日

戦後補償という「考え」・・・貰った憲法と価値観

アメリカがどんな思いで、明治憲法を修正し、今の憲法にしたかを考えるとそこには、彼らなりに日本人の本質を理解していたように思える。

軍の暴走を止められなかったリーダーから日本国民が平和を守れるように、わざわざ9条に起こして、権力者達をけん制している。

国の権力者達が起こした「問題」に対して責任追求を国民が実行することを認めている。

平塚らいてうさん他、女性運動をしても戦前は得られなかった女性への選挙権もだ。

言論の自由は言うまででもない。

そんな新しい憲法の下に、裁判で主張しても日本人の価値観は変わらない。

そもそも憲法の意味を判っていないのだから。

戦争に加わった兵隊さんだけが祭られて、補償されるという事実。
空襲で被害を受けた一般市民や、軍に利用されていたさまざまな人達。
自分の意見を主張して刑務所に連れて行かれた人達。

彼らもまた国のリーダーが暴走して始めた戦争の被害者だ。

費用問題が絡んでいるから、難しいということも理解できる。

しかし、日本は戦後、高度成長期を迎える。
消費欲を煽り「経済発展が国を強くする」という思想の元、企業も政治も爆走した。
企業も政治家も儲けることに一心不乱だった。
結果、世界的にも稀に見る経済成長を成し遂げているのだから、費用問題は言い訳でしたかない。

問題は、政治家がリーダーとして、国の「行動結果」責任者として、その「義務」を理解していないからだろう。

今もそれは変わらない。

実は、日本にも戦前は「戦時災害保護法」があった。
つまり「被害者の救済」という概念は、日本にもあったが、終戦1年後消滅。

経済発展という欲望電車に乗って未来へ走り始めた時、日本人の良心は置き忘れた。

「悪い人は死刑にしたし、みんなが迷惑したんだから、今更戦争のこと言ってもしょうがないでしょ」という子供じみた思想でしか発展してこなかった。

今一度、考える必要がある。

軍を止められず暴走させた始まった戦争は日本という「国」が起こした。

「国」として「被害者を差別する」事実は、どんな価値観を未来に教えるのか。
このような「国」から、どんな価値観を持った人間が成長するかを。

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