花火大会で起こった爆発事故を知って、JR北海道の脱線事故を思い出した。どちらも時代の波に押されて「プロ」が消えた結果だ。
お祭りのテキヤは、元々任侠の世界の人達が仕切っていた。
しかし、暴力団を排除する法律で彼らが参入できなくなったところに、素人が参入してきている。
大会運営団体のいう「確認書類」だって「書いてあれば」よくて、誰も内容なんて見ていない。
法的な確認義務など無い。
これで、完璧な「誰も責任を取らない仕組み」になったのだ。
かつて、テキヤはショバ代のこともあり信頼関係がなければそもそも出店できない仕組みだった。
違法な世界なのかもしれないが、彼らにそれなりの運用ノウハウもあり責任感もあったのだろう。
そりゃあ、事故でも起こせば任侠界において面子が立たないのだから、出店者の素性だって気をつける。
何年も、また、何十年も事故が起こらなかった事実がある。
多分、それはどこかに「目を光らしていた人間」居たということだ。
線路事故もそうだ。
3年前に崩れているところに、抜本的改善を打つべきかどうかを誰も決めなかった。
多分、社内では検討していたはずだ。
でも、「検討した」で終わっているだろう。
何故なら「問題」は直したのだから、別にいい。
事故はまだ起こってないのだから。
年金の仕組みも企業への雇用もそうだが「事件になるまで引き伸ばす」というのは、日本の文化なのだ。
事故が起こるまで「問題の存在」を認める必要はないのだから、責任を明らかにする必要なんて全くない。
あいまいにした方が、日々穏やかに過ごして給与が貰えるのだから。
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