最近NHKのドラマを見て本当にそう思った。
国連難民高等弁務官時代「私しかいないんだもん。そのためにここに居るんだから。私がやらなくて誰がやるの。」と言い切る姿は、責任感を果たすトップが具象化されて存在していた。
彼女が国連難民高等弁務官に就任した時、時代はバブル真っ最中。
「潤沢な援助金を背負って来る日本人」という評判は、彼女の行動でどんどん変わってゆく。
彼女は自分の信念を貫いた決断をして、組織の考え方を変えてたくさんの命を救った。
彼女の決断基準はとてもシンプルだった。
助けられる命は助けよう。
次のチャンスがあるかも知れないのだから。
彼女は、世界を救おうなんて、思っていない。
救えるなんて、絶対に思っていない。
だけど、命を助けるために、与えられた能力も、権力も酷使し、そのために努力する。
それが持てるものの「義務」だ。
自分の役割に与えられた「責務」を「義務」と考え生きている。
「決断」の難しさは、いつの時代も、誰もが同じ苦労をする。
でも、彼女の父親は「まずはどうするか決断する。その後はどうするかの方法だけだ。」と彼女にアドバイスする。
子供を置いてニューヨークで3ヶ月仕事をする時だ。
これは、今の日本人に一番必要な言葉だろう。
結婚や就職など「決断」は難しい。
なぜならそこに「自分だけの損得」を考えるから。
人としての義務、出会った意味、を考えて決断できるようになりたい。
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