2013年8月24日土曜日

能力や権力を持つ責任者の「義務」

頭を下げることを「責任」と思っている日本のリーダーが多い中、緒方貞子さんの「決断力」に基づく理念はすごい。

最近NHKのドラマを見て本当にそう思った。

国連難民高等弁務官時代「私しかいないんだもん。そのためにここに居るんだから。私がやらなくて誰がやるの。」と言い切る姿は、責任感を果たすトップが具象化されて存在していた。

彼女が国連難民高等弁務官に就任した時、時代はバブル真っ最中。
「潤沢な援助金を背負って来る日本人」という評判は、彼女の行動でどんどん変わってゆく。

彼女は自分の信念を貫いた決断をして、組織の考え方を変えてたくさんの命を救った。

彼女の決断基準はとてもシンプルだった。

助けられる命は助けよう。
次のチャンスがあるかも知れないのだから。

彼女は、世界を救おうなんて、思っていない。
救えるなんて、絶対に思っていない。

だけど、命を助けるために、与えられた能力も、権力も酷使し、そのために努力する。
それが持てるものの「義務」だ。

自分の役割に与えられた「責務」を「義務」と考え生きている。

「決断」の難しさは、いつの時代も、誰もが同じ苦労をする。

でも、彼女の父親は「まずはどうするか決断する。その後はどうするかの方法だけだ。」と彼女にアドバイスする。
子供を置いてニューヨークで3ヶ月仕事をする時だ。

これは、今の日本人に一番必要な言葉だろう。

結婚や就職など「決断」は難しい。
なぜならそこに「自分だけの損得」を考えるから。

人としての義務、出会った意味、を考えて決断できるようになりたい。

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