2013年8月10日土曜日

甘味中毒者・・・「欲望」をコントロールできるか

現代は、誰かの責任を誰かに押し付けてビジネスが広がる。
その「価格」は商品、サービスに上乗せされる。

その傾向は、どこでもそうだ。
消費者は何か悪いことが起これば「政府」や「企業」のせいにしたがる。

かつて、マクドナルドを「肥満」で訴えたアメリカ人がいたが、この時のマクドナルドの反応は早かった。

政府へのロビー活動を活発化し、速攻で法律を作り「肥満で企業を訴えること」を「法律違反」にしたのだ。
当然これに賛成するのは、マクドナルドだけではない。
ソーダ会社もそうだろう。

「売る方が悪い」という理論は、自由主義では成り立たないけれど、本当にそうだろうか。

食べ物を「選ぶ」ことは、確かに個人の選択だ。でも、その意思決定のための情報は開示されているのか。
開示されていても、その意味がわかるような「単語」になっているのか。

まあ、企業や国のやることをいろいろ非難することはできるけど、視点を「自身」に向けてみる。

何故、貴方はそれを買い続けるのか。

100円のジュースも毎日買えば月3000円だ。
だから、通販で安く買った。
ちょっと変だとは思わないか?

そもそも、買い始めたのは誰だ?
「毎日欲しい」という「欲望」をコントロールできないのは誰か?

権威の言うことや政府を信じるのも「自分」だ。
でも、なにより「買う」という行動をするのは「自分」だ。

一般的に、欲望が自分の意思でコントロールできない状況は「中毒」と呼ばれている。これは「物」の問題ではなく「心」の問題だ。

ダイエットにいいからと言って、納豆やバナナを大量に買う。
新製品が出れば飛びつく。
大量に中毒者ができれば必ず儲かる。

麻薬もニコチンもそうだ。

「中毒」と呼ぶ、呼ばないが問題ではない。
欲望をコントロールできない事実は「個人」の問題だ。

そして、それは存在する。

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