2013年8月6日火曜日

社会を構成する「人」としての「義務」

空港が無くなると、原発が無くなる、そして、基地が無くなる「俺が困る」ということで「選択」した行動(「する」「しない」という選択)は、いずれ自分に降りかかる。

「みんなが反対するから」という理由での選択する行動も同じだ。

結果「自分は違ったけど」という言い訳をしても、その行動は自分の意思でしたはずだ。

結婚、離婚、未婚、妊娠。自分が「選択した」という事実を自覚し、向き合わないと次の一歩は無い。

なぜ選挙権が「20歳以上」の「住所」がある大人に与えられるか、考えてほしい。

20歳になれば、子供ではない。

税金を納め、社会の一員として、その街で活躍しているから、選挙で自分たちの「リーダー」を選ぶ権利と義務がある。

義務を放棄して、権利の主張は成り立たない。
税をおさめ、社会の一員として住んでいるのに選挙権はない。

だから、そこに住む「外国人」の選挙権が議論されるのだ。

土地に住んで、社会を構成する一員である責任感。
お金を稼ぐことだけではなく、経験を、知恵を使って、次の世代に良き物を伝える義務。

これらの義務を今の大人は、子供たちにきちんと教えてきたのだろうか。
自分たちの「人生」を見せることで。

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