社会の変化、主に「変化に耐えられくなった崩壊中の仕組み」が作る社会的現象の変化を捉えて「こんな社会を変えてほしい」とみんなが思っている。
でも、この社会を作ったのは私たち一人ひとりだ。
今までの生き方を選択(「したこと」「しなかったこと」を含めて)した結果だ。
先日、鹿児島知事がごり押しで税金を使って多数の公務員を上海まで「研修」に行ったらしい。
でも調べると、この知事、鹿児島県の人が選んでいる。
しかも、たった40%程度の投票で。
その前は、38%だそうだ。
で、この知事、3期連続で当選している。
つまり、選挙に行かない人はもちろん、行った人も「変わりたくない」から今の知事を選んでいる。
自分の思うところに税金を使わないからって、怒る筋合いは無い。
億単位の金の無駄遣いは、彼が「必要」とすれば当然するでしょう。
だって空港は存在しなきゃならないし、同じ税金で空港を補填するくらいなら、無駄遣いといわれても、使った方がましだ。
問題は、無駄な空港が多すぎること。
それを誰も本気で議論しない。
できたものはつぶせない。
予算はそこに空港がある限り貰えるのだから。
そこに雇用があり、予算も発生するのだから。
そんな、環境を「変える」ことは「悪」という価値観があれば、政治家はできる範囲でその環境を「変えない」方法を考える。
どこにも変な理論はない。
だから、知事の問題ではない。税金の問題でもない。
一人ひとりの「選択」の問題だ。
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