「貰えなくなる」日は必ず来る。
だから、貰えなければ、貰えない人生を「自分で選択」しなければならない。
それは、誰かのせいではなく、自分の選択だ。
貰えなくなったから、文句を言っても、貰えない。
学費、無料の医療費、年金、財団法人。
東北の人たちは、失業手当を貰えなくなったらどうしたか。
他地方に引っ越した。そんなものだ。
役人もわかっている。だから、予算がついたら、早く使うこと。
街が津波を受けた。その、土地の値段は0に近い。
それが事実だ。
持っているダイヤモンドの指輪が燃えた。
指輪の枠に、いくら払ってくれる人がいるだろう。
同じことだ。
事実を受け入れるしかない。
自然災害に保障などない。保険以外は。
だからこそ、お金を「失ったものを取り戻す」ために使うのではなく、「未来のために」使うしかない。
それは、個人の選択だ。
市長が「貰った金をみんなに分けて好きなようにしろ、という方が楽だ」と言っていた。
たぶん、それが一番正しいような気がする。
でも、それは「個人の未来」を助けても、「日本の未来」にはならない。
組織は、組織を「必要」として始めて発生する。
労働組合しかり、開拓時の街づくりしかり。
集まる理由は「助け合って生きる」ため。
一人ひとりがみんなの能力を最大限に活用して。
ボランティアが「助ける」ために集まっても、そこに居続けることはない。
彼らの生活の場所は他にあるから。自分は当事者じゃあないし。
だから、「助けあって生きる人間」がいなければ、そこに街は出来ない。
みんな去る。当然だ。
「貰える」人たちは、助け合って生きる必要なんてない。
だって、自分が何もしなくても、誰かから「貰える」んだから。
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