2013年8月6日火曜日

貰えない人生を「選択」する時

「貰えなくなる」日は必ず来る。
だから、貰えなければ、貰えない人生を「自分で選択」しなければならない。

それは、誰かのせいではなく、自分の選択だ。

貰えなくなったから、文句を言っても、貰えない。
学費、無料の医療費、年金、財団法人。

東北の人たちは、失業手当を貰えなくなったらどうしたか。
他地方に引っ越した。そんなものだ。

役人もわかっている。だから、予算がついたら、早く使うこと。

街が津波を受けた。その、土地の値段は0に近い。
それが事実だ。

持っているダイヤモンドの指輪が燃えた。
指輪の枠に、いくら払ってくれる人がいるだろう。

同じことだ。

事実を受け入れるしかない。
自然災害に保障などない。保険以外は。

だからこそ、お金を「失ったものを取り戻す」ために使うのではなく、「未来のために」使うしかない。

それは、個人の選択だ。
市長が「貰った金をみんなに分けて好きなようにしろ、という方が楽だ」と言っていた。
たぶん、それが一番正しいような気がする。

でも、それは「個人の未来」を助けても、「日本の未来」にはならない。

組織は、組織を「必要」として始めて発生する。
労働組合しかり、開拓時の街づくりしかり。
集まる理由は「助け合って生きる」ため。
一人ひとりがみんなの能力を最大限に活用して。

ボランティアが「助ける」ために集まっても、そこに居続けることはない。
彼らの生活の場所は他にあるから。自分は当事者じゃあないし。

だから、「助けあって生きる人間」がいなければ、そこに街は出来ない。
みんな去る。当然だ。

「貰える」人たちは、助け合って生きる必要なんてない。
だって、自分が何もしなくても、誰かから「貰える」んだから。

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