じゃあ、予算が無い、ならどうなるのか。
どうにもならない。だから、そこからみんな逃げて行く。
東北のある街で、市長さんががんばって街を作り直そうとしていた。
国の予算がつく期限は迫っているが、住民の意見は一致しない。
そりゃそうだ。26人以上の活動団体が、街をどうするかを主張しているのだから。
問題は、何も決まらず時間が過ぎて行くと、人はそこを離れる。
当然だ。特に、そこにいて「お金」が貰える間は居るけど。
市長さん、市民アンケートを取ると、国が「街を作り直す予算」を与えるための「目標市民数」の半分の住民からしか残る意思を表明しなかったのにも関わらず、国から、予算をもぎ取ろうとして努力していた。
極東からも人が誰も居なくなり始めている。
そりゃそうだ。昔は流刑地だったのだから。ロシアが経済で潤っているのに、なんで貧しく、極寒の極東なんて住む必要があるのか。
当然出て行くでしょう。
だから、そのままにした方がいい。
無理して器を作っても、そこに住みたいと思う人がいなければ、無駄なこと。
人間には、選択の自由があるのだから。
そもそも、なぜ「市」長なのか。住民が居たからだ。
じゃあ、住民がいなくなったら、「市」長は要らない。
それだけのこと。
投げ出したところで、5年もしないうちにみんな忘れる。
「ああ、そんな人も居たなあ」だけ。
忘れないのは、自身だけだ。
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