2013年8月6日火曜日

ニュースもまた「消耗品」である

売れるニュースを提供する。

いつの時代だって、メディアは儲けるために、それをやってきた。
大衆が欲しいものを与える。当たり前のことだ。

でも、消費者はそれが「本当に欲しいもの」だと認識しているだろうか。

モノが溢れる現代、企業は「売るため」にありとあらゆることをする。
この商品を買えば、生活が便利になる。
こんなことが手に入る。
かっこよく見える。

消費が増えないと企業は儲からない。

だからこそ、商品を販売する時、「欠点」を強調して販売することはない。

メディアがニュースを売るときも同じだ。
高年齢出産の「幸せ」のニュースだけを売る。
その危険性は誰も「知りたくない」からだ。

でも、高年齢出産が増えるのは「メディア」が悪いのだろうか。

日本で、子供が「授かるもの」か「作るもの」になってから、「作られる子供」は「女性のもの」になっている。

生んだ「有名人」の「原因側」は、全く紹介されない。

思い出してほしい。
海外で生まれた子供と「幸せ」のニュースが提供される時、そこに必ずパートナーがいる。

日本において女性が読みたい「ニュース」が「高年齢出産」ならば、その危険性をメディアは積極的に伝えない。

誰も欲しがらないからだ。

所詮ニュースは消耗品だ。
無料なら記事自体が宣伝を兼ねていたって不思議じゃあない。
無料で手に入るものを「信じる」のも、「信じない」のも本人次第だ。

ただ、作ったものには、製造物責任がある。お忘れなく。

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