2013年8月6日火曜日

したくなる気持ちはわかるけど

思わず同情した。

ある校長先生が、ナイフでクラスメートを脅した子供とそれを見ていて何もしなかった子供を校長室で頭を一発づつたたいたらしい。
それが、全国記事になり、懲戒処分、自ら退職した。

かつての学校なら、校長先生の行為に何も疑問など持たなかっただろう。
でも、だからこそ「暴力の肯定」がされたのだから、彼の「暴力」という行為は間違っている。

ただ、間違っているのは、「行為」だけだ。

彼は「この子供達の行動はまずい」と真剣に感じたから、大人として「やってはいけないこと」を教えようとした。

それ自体は、必要な教育だ。

「ナイフで脅した」子供とそれを「見ていた」子供は、この事件で「自分達」の罪を「大人」に押し付けて「被害者意識」だけが記憶に残るのなら、大人は本当に必要なことを教え忘れたことになる。

犯罪は、犯罪だ。
今の時代は、大人が子供でも「犯罪者」を知ったのなら「通報」する以外、手段はないだろう。

だから、脅迫が「事実」なら、警察に電話をして子供を逮捕してもらえば良かったのだ。
自分だけで対処できる時代じゃない。
「こんなことで警察の迷惑を」と思って対処した結果、今の親がある。

校長先生が感じた危機意識は重要だ。
でも、彼の間違った対処ばかりを取り上げることに、社会の病巣を見る。

人は間違うことがある。
当たり前だ。

ただ「何故、その行動になったのか」を考えてみよう。
校長先生は、プロなんだから、もう少し、信頼てもいいんじゃないだろうか。

事件の発生理由は「先生」ではなかったのだから。

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