2013年8月6日火曜日

職務の責任を果たす「プロ」は必要とされていない

業務における責任範囲を決めなければ、給与や時給を決めることはできない。

日本は何か事故があっても「反省」を見せること、頭を下げることで許して貰えると思っているようだ。
だから、それほどみんな自分が日常的にやっていることが「どんな責任を持っていて、職務怠るとどんな結果が起きるのか」を考えていない。

だから、かつては考えられないような事故や事件がいろいろなところで起きている。

たとえば、JR北海道。
このところ何度も火災事故を起こしている。

かつては、そんなことが無かった。
なぜなら、プロがたくさん居たから。

国鉄時代、鉄道保守や修理を職務の責任を持って、高い職業意識で仕事をしていた人がたくさんいた。
そういう価値観を持った職人が時代と共に、退職していった。

「安定」した「給料」のために「お仕事」をする時代になった。

現場の職人を守り、育てず、オフィスにいる人達の方に高い給料が払われていれば、問題が起きることは誰だって判る。

車両は、昔よりずっと複雑になっている。

機械をメンテナンスする人数や専門家も必要になり、日常的に、定期的にチェックする箇所だって増えているはずだ。
「自分の専門ではないから」と外部に任せても、それで職務は果たしていると言えるのだろうか。
外部がチェックをして、それに「判」しているのなら、その「確認」がもつ責任はどこまでなのか。

大企業の責任者は同じような事故を起こしても、頭を下げるだけだ。
雪印の場合だってそうだったが、利用者は文句を言っても、使う以外ないのだから。

この場合、いったい、誰が修理しているのか、どういうチェックをしているのか、納入先はどうなのか、など、徹底的に経過や背景を調べるべきだろう。
そうすれば、事故が起こったケースの中にある共通点の「何か」を見出すことができるかも知れない。

もっとも、検査記録に押されているはんこが「形式だけ」ということも多いと思うけど。

本物のプロなら最初の事故を知った時「ここら辺でも起きそうだから点検した方がいい」と感じるだろう。

誰も言い出さなかったのだろうか。

それとも「自分には関係ない」と思ったのだろうか。

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